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広報戦略研究所のコラム
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コラム(5月11日)
 新開発の商品や装置などについて、法適合性や安全性などの面での問題の有無、あるいは問題が生じる可能性などを事前にチェックするのは、企業にとって非常に重要な危機管理の一つである。そういう意味でのリスクマネージメントは、産業界に相当に浸透していると思われる。
 そのチェックの視点に、社会的影響・責任という要素が含まれる傾向が強まりそうだ。そう思わせたのは、「コンプガチャ」と通称される携帯電話での交流ゲームをめぐる問題である。

 消費者庁の福嶋長官は4月24日の記者会見で、「カードの組み合わせでレア(希少)カードが当たるようなら」という慎重な言葉ながら景品表示法に抵触する場合があり得ることを示唆した。そして、5月9日には、規制する方向を示すに至った。
 そのためか、ディー・エヌ・エーなど関連6社で組織するソーシャルゲームプラットフォーム連絡協議会は同日、現用のコンプガチャゲームを5月末に廃止するほか、新規リリースも行わないという思い切った対応策を表明した。

 コンプガチャゲームは、希少カードを探すため利用者が料金をつぎ込むようにする仕組みがゲーム配信企業の利益を生む元になってきた。だが、料金負担能力が乏しい未成年の子供たちがゲームに参加し、夢中になるまま数十万円もの料金支払い義務を負うようなケースまで出て、全国の消費生活センターに寄せられた苦情・相談が急増していたという。
 もし、ゲーム参加者が大人だけなら「料金負担が増えても参加者の自己責任」ということで済まされた可能性があったかもしれない。子供が料金支払い責任を負い切れないような事態を引き起こす事例が多発し、社会問題化しかねないおそれがあったからこそ、消費者庁も何らかの規制策を打ち出さねばならないと判断したとみられる。業界側が今後、新たなゲームを開発する際には、そうした影響を考慮することを迫られるのではないか。

 このケースで想起したのは、こんにゃくゼリーによる窒息死事故だ。こんにゃくゼリーそのものは、通常の菓子で、特に違法性などあったわけではない。そのためか、死亡事故が多発したことを受けた消費者庁が対策に向けて動き出したことに、業界側は当初、反発を見せた。「モチをのどに詰まらせた高齢者の死亡事故のほうが多い」という声も出た。

 ただ、モチは食べる人が事前に細かくしたり、口の中でちぎるといった自己対応が相当可能なのに対し、ひと口飲みこみを想定して作られたこんにゃくゼリーの場合は、大きさやゼリーの硬さを、食べる人がコントロールしにくく、つまる場合が起こり得るといった違いがあった。
 消費者庁が組織した研究会でも、のどに詰まりやすい大きさやゼリーの砕けにくさなどのあることが指摘された。そのため、同庁は法規制までには踏み込まないながら、業界側に製品の改良を求め、業界側も対応した経緯がある。
 つまり、違法性はなくても、死亡事故を招く事態が生まれたからには、再発防止のための社会的責任があることをこんにゃくゼリー業界側が事実上認めたかたちになったのである。コンプガチャ問題でも、違法性はともかく、社会問題化しかけたため業界側も対応せざるを得なくなったと言える。

 今回、この素早い措置を促したのは、ほかにも理由がありそうだ。それは、この騒ぎで主要2社だけでも株式時価総額が計約2300億円も下がったことだ。業界や投資家が社会的責任を意識したのかは不明ながら、目前の利益追求に目を奪われがちな企業の経営のチェック役を投資家が果たす結果になったと言えるかもしれない。

(鶴)


# by koho-sen | 2012-05-14 13:31
コラム(4月20日)
 安冨歩・東大教授の著書「原発危機と『東大話法』」が話題を呼んでいる。東大に身を置きながら、痛烈に批判した内容とタイトルが引きつけるのだろう。「傍観者の論理・欺瞞の言語」という副題は、東大で目立つ物言いをヒントにしたという。
 もちろん、東大に限った話法でないことは安冨氏も認めるが、そんな論法は探そうと思えばすぐに見当たる。直近では、東大OBの仙石由人・民主党政調会長代理の場合が際立つ。関西電力の大飯原発再稼動論を熱っぽく主張するなかで、再稼動しなければ「真っ暗になる」とか、原発の運転をすべて止めれば「日本が集団自殺をするようなものになる」と述べたことだ。関電はさすがに企業の身だけに仙石氏ほどあからさまな話法は使っていないものの、情報開示が不十分なまま電力供給不安をアピールする論法は同工異曲と言えよう。

 仙石氏の表現は、安冨氏が分類した東大話法20規則のなかでは、さしずめ「読者・聞き手を恫喝し、迎合的な態度を取らせる」や、「わけのわからない理屈を使って相手をケムに巻き、自分の主張を正当化する」あたりがあてはまりそうだ。確かに、関西電力の原発依存度は48%と大手電力9社のうち最大だから、全原発が停止すれば、猛暑になった場合の電力供給が厳しくなることは間違いない。だが、それで「真っ暗になる」事態に直結するとは限らない。
 政府は真夏の関電管内の電力不足が18.4%に達するとみるが、原発技術者OBの環境エネルギー政策研究所長・飯田哲也氏は、揚水発電の活用や節電などで電力不足にはならないとしている。政府の供給余力の精査ぶりが疑問視されるところである。

 大飯再稼動論で特に問題なのは、関電に求められている安全対策のうち、万一の事故で司令拠点となる免震棟の整備や、水素爆発防止のために行われる放射性ガス放出(ベント)の際に放射性物質をからめ取るフィルターの取り付け時期を3年後としているのを容認している点だ。フィルター無しのベント実施で、東北から関東の広範囲に放射性物質を拡散させた福島原発事故から既に1年がたつ。それなのに、仙石氏が属する民主党の政権が、他の原発でフィルター取り付けを促さないままだったこと自体、驚くほかない。

 そうした安全対策を先送りしてまで再稼動させようとするメリットが事故のリスクとのバランスを欠いていることは、4月12日配信の共同通信記事が示している。それによれは、昨夏並みの電力需要を前提とすると、今夏の電力不足は58時間にとどまるというのだ。一昨年のような猛暑になったとしても、この時間が劇的に増えることはないと思われる。とすれば、飯田氏が指摘するような対策に加え、需要調整の工夫で乗り切れる可能性も考えられる。何より、万一の対策が不十分なまま再稼動させるリスクを回避できるメリットを選ぶべきだろう。

 知り合いの弁護士によると、法廷闘争では文言の表現のちょっとした違いが勝ち負けを左右することが珍しくないという。弁護士として活動してきた仙石氏も、そうした事情を知らないはずはない。にもかかわらず、放言とも暴言とも言われそうな東大話法を繰り返す仙石氏の原発へのこだわりぶりは、住まいはもとより生産活動の場にさえ復帰できず、他の自治体地域に「仮の町」を設定せざるを得ない原発事故被害者や自治体の苦悩に接していないゆえに違いない。

 政府の最近のまとめでは、仙石氏の選出地盤の徳島県内では、大震災被災地に堆積しているがれきの引き取りに名乗りを上げている自治体は出ていないようだ。そうした地元に対し、仙石氏が何らかの説得を試みたという報道にも接していない。いったいいつまで東大話法を駆使すれば気が済むのか。

(鶴)


# by koho-sen | 2012-04-24 15:13
コラム(4月6日)
 みんなの党の江田憲司幹事長の新著「財務省のマインドコントロール」が3月末に刊行された。210の書店での文芸書売れ行きベスト20では、4月8日までの2週が13、14位というから相当な関心を寄せられていると言えるだろう。

 日ごろ、歯切れ良い主張を展開する江田氏にしては情緒的な表題だと思ったら、「マインドコントロール」の言葉は民主党・菅政権の総務大臣を務めた片山善博氏が朝日新聞紙上で使っていたという。<(財務省は)復興のためなら国民も増税に応じるはずと復興を人質にとった><多くの与党議員が財務省にマインドコントロールされている。メディアも同じだ>としていたのだ。

 江田氏のこの著書に関心を抱いたのは、江田氏が橋本内閣の首席秘書官だった当時、橋本政権が1997年に消費税を引き上げたことが、「失われた10年」の途中で回復しかけた景気を再び押し下げる引き金の一つになったとされていたからだ。野田首相が「命をかけて」消費増税路線を突き進みつつあるいま、江田氏は反対論を強く主張しているが、過去の経験をどう総括、説明しているのかを知りたくなったのである。

 江田氏は、①消費増税方針は村山前内閣が決めていた②GDPは順調に伸び続けており、増税方針を覆すような状況になかった③景気への悪影響を防ぐため、年間3.5兆円の恒久減税を決定済みのほか、年間2兆円規模の特別減税を増税前の3年間実施していた──などの事情を指摘している。

 それと比べて、野田政権の増税方針は何とも寒々しい。恒久減税どころか東日本大震災復興目的の増税に医療、年金などの保険料負担増まで重なる。景気への寄与が大きい個人消費の財布は薄くなるばかりだ。真っ先に影響を受けそうな流通業界が増税反対の声を上げたのも無理はない。

 だが、多くのメディアは翼賛的に増税推進論を展開している。際立ったのは4月1日付朝日新聞での「財務省陰謀説の正体」という編集委員氏の記事である。野田内閣が閣議決定した消費増税法案には当初、「5年後の再増税条項」が盛り込まれかけたが、「財務省の陰謀だ」という批判が起き削除された。それを不適切と考えて執筆したようだ。編集委員氏は<日本の税収では歳出の半分も賄えない。増税を考えない方がおかしい>とし、財務官僚の立場については<財政が)破綻せぬよう目を光らせる番人>で<「国家のためなのに」と嘆くのも無理はない>と理解を示した。

 確かに、1987年当時の旧大蔵省主計官のなかには、民営企業になったはずのJRに国費を投入して整備新幹線を建設させようとした旧運輸省や運輸族議員に対し、「昭和の三大バカ査定」と言い放って予算無駄遣いに抵抗した官僚もいた。だが、復興財源捻出に苦労しているはずの野田政権下で、財務官僚は整備新幹線向けの予算ばかりか八ツ場ダム建設予算にさえ抵抗した形跡は無い。厳しい批判にさらされて朝霞公務員官舎の建設こそ断念したが、財務官僚が予算無駄遣いの防波堤という見方は遠い過去のものになっていると見るのが自然だろう。

 翻って、江田氏はデフレを克服し景気を浮揚させてこそ税収を増やせるとし、非常時のいま、国の借金返済向けに毎年、国債整理基金特別会計に繰り入れている10兆円を臨時に使うだけでも、景気を一層後退させかねない増税を行わずに済むなどと、増税反対論の根拠を明示し主張している。

 これに対し野田政権は「社会保障と税の一体改革」を標榜してきたものの、特に増税法案閣議決定の後では社会保障改革プランの具体化にはほとんど言及しなくなった。野田氏が「命をかけて」と強調するほど、ただただ増税したいだけの姿勢ばかりが浮かんでくる。

 まさに、財務官僚にマインドコントロールされているという片山氏の指摘を裏付けているかのようで、<財務省は何が何でも増税し、自らが差配できるお金を増やそうという魂胆>という江田氏の見方には、政権交代後の財政問題の経緯からは素直にうなずきたくなる。

(鶴)

# by koho-sen | 2012-04-06 13:11
コラム(3月16日)
 野党の立場で政治腐敗を積極的に追及し「国会の爆弾男」と呼ばれた元衆院議員・楢崎弥之助氏が今年2月に死去した。楢崎氏は横路孝弘・現衆議院議長とともに、佐藤政権が実現した沖縄返還に伴って米国が負担すべき基地の巨額な現状回復費用を日本政府が肩代わりする密約を交わしていた疑惑を国会で追及したことでも知られていた。

 密約の物証となる外交文書については、NPOが公開を求めたのに対し、外務省は「存在しない」として非公開を決め込んだ。それを不服としてNPOが起こしていた不開示決定不服取り消し請求訴訟について、東京高裁は3月15日、不開示決定の当時は文書が廃棄されていた可能性があるとして請求棄却の判決を出した。ただ、同高裁は「法の支配の下における行政組織の在り方としては極めて問題が大きい」と同省を批判した。

 この問題を素材にした作家・山崎豊子さんの長編小説「運命の人」を基にしたドラマの最終回が3月18日に放映された。それを次週に控えた3月11日までのドラマ部門の週間最高視聴率では11.9%で、ベストテンの第9位だった(ビデオリサーチ調べ:関東地区)。硬いテーマを扱ったドラマにしては、高視聴率と言えそうだ。
 密約を結んだことを示す外交文書を毎日新聞記者が、親密に交際していた外務省の女性事務官から入手し、国会議員に渡して質問させた事件である。記者、女性事務官は、国家公務員法の守秘義務違反に問われて逮捕、有罪となった。男女の確執も混在するドラマだけに、関心を集めたのだろう。

 事件はその後、当時の外務省アメリカ局長が2006年、密約の存在を証言したことで裏付けられ、毎日記者を新聞社退職に追い込んだ政府権力の不当さが改めて認識された。元記者らに有罪判決を出した裁判所も、密約という国会の議論なしで国家予算を費やしたことの不当性に踏み込まなかったとして、その政府権力を擁護する姿勢が厳しく批判された。

 元記者が密約の存在を突き止め、真相に迫った姿勢は無論、高く評価できる。記者倫理の一般原則では「入手した情報は報道以外に使うべきではない」とされるが、毎日記者は国会質問以前に肩代わり問題を報道していたので、野党議員に文書を渡して国会で質問させても直ちに批判される理由は薄い。記者には真相追及のための法的権限がないから、それ以外に闇から闇に葬られるのを防ぐ方法が無いという場合は国会議員に「代理質問」してもらって報道することも容認されるだろう。

 それでも、元記者の行動に疑問が残るのは、女性事務官から入手した外交文書のコピーの回覧決済印欄を完全に墨塗りせずに、決裁が担当審議官まででストップしていたことが分かる書類を野党議員に渡したことだ。このミスのため、担当審議官の下にいた女性事務官が疑われるのを防ぐことができなかったのである。
 ウォーターゲート事件の報道でニクソン大統領を1973年に辞任に追い込んだワシントンポスト紙のB・ウッドワード記者は、現役のFBI副長官を情報源としていた。だが、それを明かしたのは、報道開始から33年後の2005年、元副長官の弁護士がその事実を公表した後だった。そうした慎重さと比べて、元記者には配慮が欠けていたと言われても仕方ないだろう。

 現実には、情報源を明かしても差し支えない場合と情報源を守らねばならないケースとの境が明確でないこともある。しかし、情報の取り扱いという点からみれば、ジャーナリストには他の人たち以上に厳しいルール順守意識が必要になる。報道した場合の影響が大きいためだ。
ただ、こうしたルールの基本は、ジャーナリストであるか否かにかかわらず、情報を入手したり発表する役割の関係者にも当てはまるのではないか。

(鶴)


# by koho-sen | 2012-03-21 13:22
コラム(3月9日)
 福島第一原発の上空飛行禁止範囲が半径3㌔まで縮小された今年2月26日、テレビで放映された映像に息を呑んだ。水素爆発による原子炉建屋の無残な破損もそうだが、観測史上最大の揺れに耐えた原発周辺の町の住宅や商店、工場などの建物が、あたかも何もなかったかのような姿を見せたからだ。
 もちろん、強制避難区域だから人影は全くない。そのことが余計に、原発事故さえなければ地域の生活はとっくに元に戻っていただろうに、という思いにかられた。事故から1年目が迫った3月5日には、原発から5、6㌔の地域で少なくとも5人の餓死者が確認されたとNHKが報道した。放射能汚染さえなければ一時避難の住民は戻り、食料品店も営業を再開、餓死は免れたに違いない。

 事故の影響は、放射能を帯びたがれきの中間処理場設定さえいまだに決まらないなど依然としておさまる様子を見せない。3月6日付朝日新聞は、福島県沿岸部で事業を再開した企業は約1205社のうちわずか377社で、休廃業企業は705社に上ると報じた。国土地理院によると、建物地域の津波浸水範囲は福島県では3市町の6平方㌔にすぎないから、休廃業企業のうちかなりの会社は放射能汚染の影響を受けた可能性がある。原発事故は、住民の日常生活に加え、経済活動にも甚大な支障を広げつつあるのだ。

 この1年間にはまた、東京電力に原発運転の資格がないことが明確になった。象徴的なのは1、2号機で水素爆発が起きた後の昨年3月15日、元警視総監の内閣危機管理官・伊藤哲朗氏が首相官邸に来ていた東電幹部と交わした会話だろう。当時の東電社長が第一原発からの従業員撤退に言及した件について、伊藤氏が「第一原発から退避するというが、1号機から4号機はどうなるのか」と質したのに対し、東電幹部は「放棄せざるを得ません」と語り、第二原発からの撤退まで言及したというのだ(2012年2月6日付朝日新聞)。
 もし、そうなっていたなら、少なくとも第一原発の各原子炉は冷却されないまま爆発が続いたと思われる。原子力委員会の近藤駿介委員長は、「強制移転地域170㌔圏、自主避難地域は東京全域から横浜市にまで広がる250㌔圏」という最悪シナリオを描いたが、風向きなどによってはそれ以上の事態に陥ったに違いない。首都圏壊滅に近い事態になっただろう。

 理解し難いのは、これほどの災厄を招いた東電経営幹部に責任を意識し反省する兆しが見えないことだ。勝俣恒久会長はいまだにトップの座を降りずに、事故被害者への損害賠償よりも東電の国有化回避に奔走。公的資金投入に依存する実質倒産企業なのに、昨年も夏、冬と社員にボーナスを支給した。その上、企業の海外流出に拍車をかける電気料金値上げを「権利」と称して強行しようとしている。いずれも、地域独占を公認され、高い電気料金を事実上思うがまま値上げできる総括原価方式で培養された奇形的体質が、未曾有の事故によってひときわ鮮明になったのである。

 本来ならば、政府は市場経済の論理に従い、こんな東電は法的に破綻させるべきである。経営陣を一掃し、株主にも当然の責任を負わせ、電気料金値上げというかたちでの、国民や一般企業への負担転嫁を最小化すべきだった。だが、公的資金での救済的枠組みを作ってしまった。除染費用まで含めた膨大な負担が今後もかさむため経営の将来展望を描きようがなく、社員採用もままならなくなるような会社を存続させる意味が本当にあるのか。

(鶴)


# by koho-sen | 2012-03-08 14:23
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